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2008-03-22

_ [books] ゲイリー・P・ピサノ「サイエンス・ビジネスの挑戦」

サイエンス・ビジネスの挑戦 バイオ産業の失敗の本質を検証する
ゲイリー・P・ピサノ 池村 千秋

サイエンス・ビジネスの挑戦 バイオ産業の失敗の本質を検証する
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star“バイオテクノロジー神話”の検証?
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本書は、ハーバード・ビジネススクールの教授であるゲイリー・P・ピサノ氏が、バイオ産業の挫折とその原因を、客観的に分析したものである。

この30年間、バイオの世界では遺伝子クローニング、PCRの発明、ヒトゲノム解析、システム生物学、プロテオミクスと、数々の革新的なイノベーションが誕生した。そして、新しいサイエンスの誕生に伴い、新たなバイオベンチャーが生まれ、そして多額の投資が注入されてきた。

では、実際に新しいテクノロジーから新たな製品(主に医薬品)が生まれて、ちゃんとビジネスとして回っているのだろうか?

・・・まぁ、この業界に身を置いている者ならば、なんとなくわかるだろうが、これが全くもって散々な状況なのだ。


全米のバイオテクノロジー産業全体を集計すると、この30年間、収益は倍々ゲームで増えているが、利益はほぼ横ばい・・・と言うか、限りなくゼロに近い。
そして、数少ない成功例であるアムジェンの利益を除くと、バイオテクノロジー産業はほぼ終始一貫して「赤字」を垂れ流し続けているのだ。

 

その原因として、ピサノ教授はこの産業の特異性を2つあげている。
一つは、「不確実性」が深刻であること、もう一つは、「すり合わせ型」であるという事である。

 

まず、前者について。
製薬における研究開発につぎ込まれる資源の大半は、“失敗作”のために費やされている。最終的に承認を得られる化合物は6000分の1とも言われ、臨床開発のフェーズIを開始しても、フェーズIIに進めない可能性は60%もある。さらに、フェーズIIに進んだとしてもフェーズIIIに進める可能性は50%であり、フェーズIIIに進んでも失敗に終わる可能性は50%にも及ぶ。
したがって、研究開発におけるリスク管理が、非常に重要となる。

 

次に、後者の「すり合わせ型」であるという点について。
IT産業は、比較的、ベンチャーが成功している分野だが、これは、「モジュール化が容易であったから」である。
例えば、パソコンの部品だが、キーボード、モニター、メモリなど、それぞれ仕様があらかじめ決まっており、その仕様にそって独立に設計する事が出来る。
ところが医薬品開発は、「モジュール型」ではなく「インテグラル型」の性格が強い。
人体の仕組みは、生体分子と化学物質の相互関係が複雑に入り組んでおり、問題の一つの側面だけ見ていたり、一つ一つの側面をばらばらに見ていたりしては、問題を解決できない。色々な可能性を検証するためには、さまざまなジャンルの科学者の知識が必要であり、個々の技術および科学的知識相互のすり合わせが必要となる。

 

新しい技術の誕生により、これらのリスクが低減して、次々に新しい治療薬が誕生する・・・などという「夢物語」が語られて久しいが、実際には、測定法やデータの増加がもたらしたものは、複雑性と不確実性の増加であったらしい。

 

それでは、この分野のビジネスモデルとしては、どのようなケースが考えられるだろうか?

ピサノ教授は、バイオ産業において考えられるビジネスモデルを2種類に分類している。一つは、基礎科学の色彩の強い初期の研究をベンチャーが行い、ライセンシングにより大手製薬企業が開発を行うモデル、そして、もう一つは、臨床開発やマーケティングなどの下流まで含めて、すべてをメーカーが行う「垂直統合」モデルだ。通常、画期的な技術については、前者の方法がとられるケースが多いが、実際には、情報の非対称性、専門性、暗黙知の存在、知的財産権保護の不確実性などによるトラブルが多く、画期性の高いプロジェクトほど、後者の「垂直統合」モデルが適しているという指摘は興味深い。

 

しかし、結局のところ、ケース・バイ・ケースでビジネスモデルを使い分けるより他無く、「これだ!」という王道は、今のところ存在しないというのが結論だ。

(まぁ、だからこそこの分野の新規参入障壁が高く、薬価にはリスクプレミアムが加算され、高い利益率が確保できているのだろうけどね)

 

最後に、「トランスレーショナル・リサーチ」について。

大学や公的研究所など、アカデミックの段階で画期的なテクノロジーが発見されても、多くの場合、あまりに基礎的過ぎるため、ベンチャーキャピタルからも資金調達が困難であり、なかなか実用化や既存企業へのライセンス供与などへ至らないケースが多い。トランスレーショナル・リサーチとは、その名の通り、基礎科学の発見を具体的な商品化の機会に「翻訳」する取り組みのこと、つまり、基礎研究と実用化の橋渡しを支援する活動のことだ。

 

アプローチとしては、政府による支援と民間による資金供給が考えられる。

後者の一例として挙げられているのが、「ベンチャー・フィランスロピー」の試みだ。これは、非営利の慈善団体の要素と、営利のベンチャーキャピタルの要素を組み合わせた組織のこと。第三世界のエイズや感染症の研究を支援する「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」や、パーキンソン病の研究を支援する「マイケル・J・フォックス財団」などが、それだ。ただ単に資金を提供するだけではなく、ベンチャーキャピタルのように資金提供にマイルストーンを設けたり、マネジメントの指導や、他の組織とのコラボレーション等にも積極的に口をはさむ。そして、投資からのリターンは、新たな研究助成金の拠出に使われる。

 

また、上場企業の場合、投資家からは目先の利益を求められるが、開発サイクルが平均12年というバイオテクノロジー産業のようにサイエンスに基礎を置くビジネスのニーズにはあまり適合しておらず、ロシュが大株主のジェネンテックのように、「準公開企業モデル」も、可能性の一つとして考えられるとしているが、まぁ、今のところ最適なマネジメントのモデルは存在しないという所だろうか。

 

それから、大手製薬企業同士のM&Aが相次いでいるが、ピサノ教授は「不可解」と切って捨てる。たとえ、M&Aによって余剰な工場、MR人員、重複している研究開発活動を整理できたとしても、成長性が上がるわけではない。それに、会社規模が2倍になれば、売り上げや利益も2倍に増やさなければならないが、研究開発の規模を拡大したからといって、新薬開発の生産性が向上するという根拠は、ほとんどない。まぁ、研究開発の不確実性が高い以上、もっともな指摘だ。

 

う〜む、ベンチャー大国の米国でもこの惨状だからなぁ〜、日本のバイオベンチャーはどんなもんでしょ・・・・。