tetraの外部記憶箱

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2011-03-06

_ 京大カンニング事件雑感

大学入試の試験中に、インターネット上の掲示板に問題を書きこんで予備校生が逮捕された事件について、逮捕すべきであったのかどうか、また、法律で裁ける問題なのかどうか、専門家の間でも意見がわれている。
以下、僕が思ったことをまとめてみたい。(予め断っておくが、僕は法律の専門家ではない)

カンニングは犯罪か?

勘違いしている方も多いようだが、件の予備校生は「カンニングの罪で逮捕された」わけではない。
法律には、どこにも「カンニングは犯罪」と規定していない。
だからカンニングしても良いというわけでもないが、法律で禁止されてもいない行為を行った結果、逮捕されたり刑事罰を課せられる事は、(一部例外もあるようだが)原則的には近代国家ではありえない。
このように、予め法律で犯罪の内容と刑罰を明確に規定しておくことを「罪刑法定主義」という。
(だって、法律に書かれていないのに、いきなり時の権力者の意向で「今日から政治批判は犯罪になったから」という社会は嫌でしょ?)
したがって、今回の事件においては予備校生は「カンニング罪」ではなく、「偽計業務妨害罪」(刑法223条)の容疑で逮捕されたことになっている。

「偽計業務妨害」とは何か?

刑法233条には、以下のように規定されている。

虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

要するに、相手を困らせることを目的として、嘘の噂や人を欺き、その業務の妨害をしたことを取り締まる法である。

わかり易い例を挙げると、例えば蕎麦屋に百人前の嘘の出前を頼み、出前のターゲットとなった会社の業務を妨害させた、とか、最近だとネット掲示板に犯罪予告の書き込みを行い、警備員や警察官の出動を行わせた、などが該当する。

カンニングは「偽計業務妨害」になるのか?

偽計業務妨害罪が成り立つためには、「偽計」(嘘をついた、欺いた)の事実があったことと、「故意」(相手を困らせる目的があった)の認定が必要であるらしい。カンニング行為は大学を欺く行為であり、「偽計」の事実については、おそらく異論はないだろう。意見が割れているのは、後者の「故意」の認定である。

そもそも、件の予備校生に「大学の業務を妨害しよう」という悪意はあったのだろうか?騒ぎになったら困るのは彼の方であり、むしろそんな状況は少しも望んでいなかったはずだ。
「故意がなかった」派の意見としては、彼はただ単に「大学に合格したい」と思っていただけであり、蕎麦屋に百人前の出前を頼むように「大学を困らせてやろう」という意図があったとは思えないから、偽計業務妨害罪の構成要件を満たさないというものだ。
一方、「故意があった」派の意見としては、「もしカンニングがバレれば、大学の業務妨害になると予見できたはず」という主張のようである。

つまり、偽計業務妨害罪になるのかどうかは、彼が事前に予見できたかできなかったかの一点に絞られることになるわけで、故意の認定は、非常に微妙だ。

僕の意見としては、あんなすぐに足のつくような掲示板に書き込んだことを考慮すれば、騒ぎになるとも考えず、ほんの軽い気持ちでやってしまったのではないかと思うのだが、どうだろう?(まぁ、実際に彼に動機を聞いてみないことには、わからんだろうけど・・・)

逮捕は妥当だったか?

以上で述べたように、今回のケースで「偽計業務妨害罪」が成立するのかどうかは、非常に曖昧な部分がある。
未成年であることを考慮すれば、おそらく起訴猶予か略式起訴で終わるのではないかと思われる。
果たして、このような犯罪が成立するかどうかも微妙な案件で容疑者逮捕に踏み切った京都府警の対応に問題はなかったのだろうか?

今回のケースでは、IPアドレスでほぼ容疑者が特定され、逮捕前の任意の事情聴取にも応じ、容疑を認めているわけであり、愉快犯や組織犯の可能性もなく、また、逃亡の危険性とか証拠隠滅のおそれも無かったはずだ。

また、報道によると京都府警は「社会的反響が大きかった」からと逮捕の理由を説明しているようだが、これも非常に問題がある。同じ犯罪でも、社会的な反響が小さかったら見逃されるのだろうか?もし、カンニングが京大のような有名大学ではなく、全くの無名大学だったら、マスコミも騒がなかったので許されるというのだろうか?ある意味、一罰百戒をねらった「見せしめ」的な逮捕であったと言っているようなものだ。

逮捕の妥当性については、「岡崎市立中央図書館事件」でも問題になったが、最近、警察は緊急性も必要性も無いのに、事実を確認せずに安易に逮捕に踏み切るケースが多いように思えてならないのだが・・・。

どうすればよかったのか?

僕はカンニング行為を擁護するつもりはない。自分自身、そうしたことはしたこともないし、そもそも自分のためにもならないと思っている。
ただ、カンニング行為は道徳の問題であり、刑事犯とすることには非常に違和感を感じる。今回様なケースでは、相手が未成年であることを考えれば、刑事犯として逮捕するよりも、賠償請求等、民事として取り扱うべき事例だったように思う。

また、大学の試験監督体制も不十分ではなかったのだろうか?モバイル機器の発達により、頭を使えば、もっとバレずにカンニングを行うことは、技術的に可能だ。大学が、今後も「学力」(というより記憶力?)による選抜を続けたいのであれば、もっとしっかりした監督体制を取るべきだし、また、米国のように「そもそもカンニングの意味が無い」試験へと転換してゆくときに来ているのではなかろうか?